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実力主義とは「実力が高い人が勝つ」のではなく「入ってからが勝負」という意味
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いい就職は誰にでもできる
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将来、やりたい仕事に就くためには、今「実力が求められる仕事に就くこと」
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実力をつけるためには、やりたい仕事にこだわらない方がいい
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やりたい仕事なんて分からない?
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新卒就職では、やりたい仕事に就くということを目標としない方がいい
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上位企業に入った方がいい。ただし、実力が求められる仕事に就けるのなら
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上位企業とは「客観的にみた、いい企業」
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いい就職とは「いい企業」に入ること
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新卒就職のメイン目標は「より高い実力が求められる仕事に就くこと」
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将来、その道のプロになるためには、今、実力が求められる仕事に就くこと
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「補助社員」に未来はない
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「将来の専門能力」をつけるためには「基幹社員」として入ること
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これからの時代に不可欠な実力とは「将来の専門能力」
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いつの時代でも求められるものは「実力」
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上位企業内定至上主義は、いい就職を外す危険性が高い
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就職活動と大学受験との違い
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日本的雇用とは「入ってしまえば、後は安心」という意味
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「主観的にみた、いい企業」と「客観的にみた、いい企業」
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「安定した生活」とは年功貸金・終身雇用
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これからの時代は、普通に働いていると「安定した生活」を実現できない
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いい就職の条件は「安定した生活+やりがい」
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いい就職をするための基本は変わらない
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実力主義とは「実力が高い人が勝つ」のではなく「入ってからが勝負」という意味
次に、「実力主義」について考えてみましょう。
実力主義という言葉はよく使われますので、定義づけをするのは簡単なように感じますが、実は日本的雇用以上に複雑です。
この言葉は、かなりラフに使われています。
一般的に使われている実力主義の定義を簡単に言えば、「実力の高い人が勝つ」というものだと思います。
これは間違ってはいません。
しかし、ここでも注意してほしいのは、
「日本的雇用の崩壊は実力主義をもたらした」
「逆に、実力主義の台頭が日本的雇用を崩壊に追い込んだ」
「日本的雇用から実力主義へ」
などと就職戦線で頻繁に使われている「実力主義」という言葉の意味です。
これらの「実力主義」とは、「実力の高い人が勝つ」という意味よりも、日本的雇用の対極にある言葉として使われている場合がほとんどです。
つまり、日本的雇用は、「入ってしまえば、後は安心」という制度であるのに対して、実力主義とは、その反対の「入ってからが勝負」という意味で使われています。
したがって、
「日本的雇用の時代から、実力主義の時代へ」とは、「入ってしまえば、後は安心という時代から、入ってからが勝負という時代へ」
という意味になります。
これも本来、当たり前のことです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
いい就職は誰にでもできる
新卒就職の目標は、より高い実力が求められる仕事で、より上位の企業に入ることです。
しかし、目標が分散してしまったり、就職活動に行き詰まってしまったりした場合には、新卒就職のメイン目標=「より高い実力が求められる仕事に就くこと」と割り切ってしまい、
「上位企業」という要素は、できれば満たした方がいいと考える活動でもかまいません。
就職活動では、自分の方向が分からなくなることが多いので、目標は、できるだけシンプルな方がいいのです。
「上位企業」という要素は考えず、
「いい就職=実力がつくこと=基幹社員として入ること=より高い実力が求められる仕事に就くこと」
をめざしていけば、就職活動はぐっと分かりやすくなります。
そして、分かりやすいだけでなく、「より高い実力が求められる仕事に就くこと」という要素を満たせば、実際に、いい就職なのです。
実力が求められる仕事に就き、実力をつけていけば、より上位の企業に移ることも可能です。
勧めるわけではありませんが、転職して、より上位の企業へ移ることも可能なのです。
実力主義の世の中では、仮に入社時の企業ランクは負けていても、入ってから運転することは十分に可能です。
また、実力が求められる社員として採用され、責任のある仕事を任せられれば、どんな仕事でも必ずやりがいが出てきます。
どんな業界でも、どんな職種でもおもしろいし、興味を持つはずです。
これは、学生時に強引に自己分析した「好きなこと」「何がやりたいか」などとは関係がありません。
充実した仕事、困難な仕事に、真剣に全力で取り組んでいく過程で初めて、やりたい仕事は見えてくるものです。
これが、多くの場合「将来の強い系やりたい仕事」になっていきます。
実力が求められる仕事に就けば、そのジャンルには強くなります。
そして、「強い系やりたい仕事」は「好き系やりたい仕事」になっていきます。
勉強も、成績が伸びてきて上位グループに入ると好きになります。
強くなるためには好きになることも必要です。
実力が求められる仕事に就くことにより、「好き系やりたい仕事」と「強い系やりたい仕事」が結びついてくるのです。
それが、やりがいであり、「本当の、やりたい仕事」でしょう。
このように、新卒の就職活動では「より高い実力が求められる仕事に就くこと」がメイン目標であり、それを満たすだけでも、十分にいい就職と言えるのです。
より上位の企業や、やりたい仕事をゲットしても、身分や仕事のレベルが下がってしまえば意味はありません。
企業の名前にしがみついて、やりがいのない仕事をするよりも、自分を伸ばしていく方が、はるかに楽しいし、結果的には安定も得られます。
つまり、
各自の能力なりに、自分を最大限に生かせる仕事に就けば、いい就職
なのです。 そして、これは全員ができます。
なお、当サイトでは、いい就職の根本を実力がつくこととしていますが、個人に実力をつける目的は企業に貢献するためであり、転職など、自分のためではないので間違えないでください。
もちろん、個人に実力がつけば企業にも貢献できるという考え方もあるでしょうが、まずは、企業に貢献できるような、いい仕事をしていくことが一番であり、実力がつくのは、その結果と考えてほしいと思います。
例えば資格の勉強をするにしても、業務に役立てようという目的でやらないと、取得したところでまず使えません。
転職やリストラに備えて、会社に隠れて資格の勉強をしても、いい結果にはつながりません。
サラリーマンは企業に貢献することで、社会にも貢献できるのです。
就職に限らず何でもそうですが、自分の利益を優先し、自分本位で行動すると失敗することが多いものです。
社会では、実力が求められる仕事に就き、一生懸命働き、そこで得た実力を以てさらに企業に貢献していく、というスタンスが極めて重要です。
こんなことを書くと、昔の考え方のように思われるかもしれません。
しかし、本当の、いい就職に昔も今もありません。
企業や社会に貢献することが、最終的には自分にいちばんプラスになるのです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
将来、やりたい仕事に就くためには、今「実力が求められる仕事に就くこと」
これからの時代は、良くも悪くも、定年まで同じ企業に縛られるということは少なくなるでしょう。
定年まで同じ企業にいるかどうかは結果であって、初めから決まっているものではありません。
そして、入社後に、やりたい仕事を追うことも可能になってきています。
逆に、(強い系)やりたい仕事を見つけ、(強い系)やりたい仕事に就かないと厳しいとも言えます。
そして、転職する・しないにかかわらず、やりたい仕事に就く、やりたい仕事を続けていくには実力がいるのです。
将来、「強い系やりたい仕事」に就くことは不可欠で、そのためには「今、やりたい仕事」に就くのではなく、「今、実力が求められる仕事」に就くことが重要なのです。
将来の独立や創業のためにも、今は、実力が求められる仕事に就き、実力をつけるべきなのです。
若いうちは、それほど高い実力が必要というわけではありません。
本当に高い実力が求められるのは将来であり、将来に即戦力で、やりたい仕事ができるような就職を、今はすべきなのです。
誰にでも、いい就職を実現できる「将来の強い系やりたい仕事」はあると思います。
自分の能力を最大限に生かせて、社会や人の役に立ち、そして自分も楽しく働ける、そんなまさに運命の仕事とも言うべき仕事が誰にでも必ずあると思います。
そんな仕事に就けば、いちばん幸せであることは間違いありません。
しかし、人間には未来が分からないため、それを今見つけることは、途方もなく難しく、まず無理なのです。
つまり、やりたい仕事を見つけ、その道のプロになっていくことは必要ですが、それを決めるのは、今ではないということです。
もちろん、例外はあります。
就職情報誌などを見ると、やりたい仕事に就ける職種別採用や専門職採用などが大々的に紹介され、日本を代表する世界的な企業(例えばソニーや本田技研クラス)の人事担当者が「やりたい仕事がはっきりしていて、高い専門能力を持っている人がいいですね」などと述べ、
その内定例として、理科系大学院出身、CPA取得、MBA取得、海外留学、TOEIC900点以上などの人が、「専門を生かして○○の研究がしたい」などと発言しています。
確かに、こういう人もいるのでしょう。
しかし、これらの人は、ものすごく就職に強いスーパーマンのような学生であり、希少な成功者です。
これは、特別な人が特別な就職をする戦いで、いわば特殊戦線といってもいいと思います。
それなのに、そういう成功者ばかりが誌面に載るから、おかしくなってしまうのです。
就職に限ったことではありませんが、一般的に、ほとんどの人は成功談にしか耳を貸しません。
そして、自分も同じやり方をすれば、成功者になれると考えてしまいます。
当サイトでは、この特殊戦線を「トップ戦線」、その中で、いい就職をするための方法を「トップ手法」と呼ぶことにします。
それが、「高い専門能力を生かして、○○の仕事がやりたい」というものなのです。
しかし、ほとんどの学生は一般学生であり、ほとんどの企業は一般企業です。
トップ手法は、一般学生が一般企業に、いい就職をする方法ではありません。
ほとんどの学生にとって「今の、やりたい仕事」は見つける必要がないと思います。
無理に、今、やりたい仕事を決めなくてはならないという理由も見あたりません。
「上位企業」は、いい就職のオプション目標として追ってもいいものですが、「やりたい仕事」は考えなくてもかまいません。
かえって就職活動が複雑になるだけです。
もちろん、やりたい仕事を考えることや自己分析が無意味というわけではありません。
たとえ、あこがれであっても、応募先企業を選定する際の一つの基準としては使えます。
ただし、就職活動を始める前に考える「やりたい仕事」(活動前の、やりたい仕事)は、いいところ、その程度です。
就職活動の目標としてメインで追うものではありません。
今は、間口を広げ、業種や職種にとらわれず、とにかく、より高い実力が求められる仕事に就き、多くの経験を積み、そして、将来、徐々にやりたい仕事を絞り、専門能力をつけて、強いビジネスマンとなっていくことが、最もベーシックで、破綻の少ない方法なのです。
理想を言えば、いい就職とは、「高い実力が求められる、やりたい仕事で、上位企業に入ること」となりますが、
現実的に追えるのは、新卒就職のメイン目標である「より高い実力が求められる仕事に就くこと」と「より上位の企業に入ること」 の二つだけでしょう。
つまり、ほとんどの学生にとって、
いい就職とは「より高い実力が求められる仕事で、より上位の企業に入ること」
です。 これが、新卒就職の目標です。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
実力をつけるためには、やりたい仕事にこだわらない方がいい
また実際に、簿記の資格を持っているから、即、経理部に配属という人は、補助社員として扱われていることが多く、いい就職とは言えないことが多いのです。
簿記の資格を持っていれば、一から教える必要がなく、便利だから採用しているにすぎないという企業が多いのです。
特に、経理の社員が辞めてしまい、今現在欠員となって困っている企業にとっては、簿記二級でも三級でも、とにかく資格を持っている人は面倒が少なく、ありがたいのです。
「資格があれば即戦力」などと言いますが、新卒学生に対して使われる即戦力という言葉は、期待されているレベルが低く、一般的な資格(簿記二級程度)では「便利社員」になるだけです。
資格を始めとする「強い系やりたい仕事」で採用されるということは、道具として使われる危険性が高く、その人の本質的な能力を伸ばせない傾向があります。
ちなみに、現在は資格ブームですが、いい就職を考えた場合、ほとんどの資格は
「ないよりあった方がいい」、
または
「頑張って資格を取った努力は認めてもらえる」
といった程度のものです。
中には、公認会計士や司法書士など、いい就職(=安定した生活+やりがい)に直結する資格もあるようですが、取得するのは至難の業です(それとて、その分野だけの知識で一生やっていけるかは疑問です)。
つまり、一般的には、「資格がある=希望の部署に配属される」ということは、便利社員として期待されているだけで、いい就職に関係するものではありません。
むしろ補助社員は、新卒よりも、すぐに使える中途採用社員や派遣社員の方がいいくらいだと、企業では考えているのです。
逆に、企業の中枢としての経理、すなわち実力が求められる社員は、たとえ簿記一級の資格を持っていても、あるいは税理士の資格を持っていても、初めは他部署に配属されることが多いものです。
営業や販売、あるいは工場勤務などを何年間か経験し、仕事の流れや業界のことを知ったうえで、最終的に経理に回るというコースが一般的です。
そうでないと、本当の経理の仕事はできませんし、企業の中枢としての経理マンにはなれません。
同様に、企画部や広報部を希望し、仮に入れたとしても、いい就職とは言えないことが多いのです。
つまり、
実力をつけるためには、初めから、やりたい仕事にこだわらない方がいい
ということです。
新卒就職では、「今の、やりたい仕事」を追うより、まずはその企業の本流の仕事や、社会全体のシステムを理解することの方が先決だし、ずっと重要です。
このように、「今の、やりたい仕事」は、いい就職(安定した生活+やりがい)とは、ほとんど関係がありません。
よって、「今の、やりたい仕事」を追いかけていくという就職活動は、いい就職をする方法とは言い難いと思います。
仮に、やりたい仕事が、やりがいに結びついたにしても、それは一時的なものであり、長い人生を考えた場合、いい就職に結びつく可能性は高くはありません。
新卒の時点で「就社より就職」してしまうのは、一般的にはハイリスクな行動です。
現在では、自己分析をして、やりたい仕事を見つけ、それを中心にした就職活動(当サイトでは「自己分析法」と称す)をする人がたくさんいます。
しかし、やりたい仕事に就いても、多くの場合、いい就職には結びつきません。
もし、やりたい仕事に就くことが本当にいいことだと思うのなら、大学など行かずに、資格を取得したり、やりたいことだけを学んだりした方がずっといいのではないでしょうか。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
やりたい仕事なんて分からない?
以前説明したような「やりたい仕事」が、今、分かるという学生は、ほとんどいないと思います。
仮に大学院に進学したり、フリーターなどをしたりして見つけようとしても、やりたい仕事は、そう簡単に分かるものではありません。
多くの学生が、いい就職に直結するような、やりたい仕事を持っていないというのは、冷静に考えれば、まず間違いがないと思います。
しかし、「やりたい仕事に就くのはいいことだ」という主張に、堂々と異を唱える人は少ないようです。
誰でも、やりたい仕事に就けるのなら就きたいと思います。
そこで、強引に、やりたい仕事に就こうとする人もいます。
自己分析をすると、やりたい仕事、特に「好き系やりたい仕事」は、趣味まで入れてしまえば、いくらでもあると思います。
また、どんな人にも取り柄はありますから、多少の脚色を加ぇれば、「今の、強い系やりたい仕事」を作ることもできるでしょう。
しかし、いい就職をするためには、「将来の専門能力=強い系やりたい仕事」に結びつくものでなくてはなりません。
これを無視して、自己分析をし、やみくもに「今の、やりたい仕事」を迫っても、本来、意味はありません。
やりたい仕事に就くことと、いい就職(安定した生活+やりがい)をすることとでは、明らかに「いい就職」の方が重要です。
当然のことですが、やりたい仕事に就いても、安定した生活をしていけなかったら、いい就職とは言えないからです。
やりたい仕事に就くことが、そのまま安定した生活に結びつくものではないというのは、多くの人が理解できると思います。
しかし、「やりたい仕事=やりがい」と考えている人は非常に多いと思います。
また、やりたい仕事に就くことで、その仕事に強くなり、実力がつき、その道のプロとなり、結果的に安定した生活に結びつくと考えている人も多いようです。
現在の自己分析ブームに加え、
「好きこそものの上手なれ」
「手に職をつける」
「就社より就職」
「資格は強い」
「即戦力が強い」
「新卒も専門職時代」
など、「いい就職=やりたい仕事に就く」説を擁護する言説や論調が多く飛び交っています。
しかし、結論から言うと、自己分析をして、現時点で考える「やりたい仕事」に、すぐに就いたとしても、「やりたい仕事=やりがい」ではないし、
「いい就職」や「実力がつくこと」へとつながるものでもありません。
ここを誤解している人が非常に多いのです。
単純な例で説明しましょう。
これは私が数多くの人事担当の方と接してきて感じたことです。
例えば、簿記の専門学校の学生に、「やりたい仕事は?」と聞けば、ほぼ全員が「経理」と答えます。
ほとんどの簿記の専門学校生にとって、経理は、毎日勉強していて好きになったなどの好き系、資格があるという強い系の両面で、やりたい仕事です。
しかし、企業に経理職で入れれば、いい就職なのかと言えば、そんなことはありません。
経理といっても、ピンからキリまであるからです。
企業の中枢としての経理(実力が求められる社員)と、伝票処理、帳簿付け、電算入力、銀行へのお使いなどを仕事とする単なる経理スタッフへ実力が求められない社員)とでは、いい就職の度合いが天と地ほども違います。
前者は、やりがいがあるでしょうが、後者は、基本的に単純作業であることが多く、一般的に、やりがいを感じる人は少ないはずです。
つまり、経理(職種は「広報」でも「営業」でも何でも同じです)をやりたいという人が、首尾よく経理職に就けても、やりがいがあるとは限らないのです。
経理はすべての企業にありますから、「経理という、やりたい仕事に就ければ、いい就職」なら、どの企業に入ってもOKといぅことになってしまいます。
当然、そんなことはありません。
つまり、補助的な単純な仕事をしていても実力はつかず、安定した生活にも結びつきません。
要するに、
|
今の、やりたい仕事≠やりがい 今の、やりたい仕事≠安定した生活 今の、やりたい仕事に就ければいいのではない |
ということです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
新卒就職では、やりたい仕事に就くということを目標としない方がいい
これまでの就職戦線は、基本的に「より上位の企業(=企業ランク)」をめぐっての戦いでした。
しかし、現在の就職戦線では、「やりたい仕事」がキーワードとなっています。
少なくとも表面上は、就職の目標が、本音である「より上位の企業」から「やりたい仕事」へと変わってきています。
現在の就職活動を複雑化・高度化したのは、この「やりたい仕事」です。
結論から言うと、自己分析して出した「やりたい仕事」は、いい就職とは関係がありません。
したがって、
新卒就職では、やりたい仕事に就くということを目標としない方がいい
と思います。
しかし、現在は自己分析ブームであり、「やりたい仕事」の理論は、現状の就職戦線を考えた場合、避けて通れないものなので、多少遠回りとはなりますが、最小限のことを書いておきます。
それではまず、現在の就職戦線で無造作に飛び交っている、「やりたい仕事」の定義から考えていきましょう。
ご多分に漏れず、他の言葉と同様、あるいはそれ以上に、この「やりたい仕事」は、非常にいい加減に使われています。
一口に、やりたい仕事といっても、やりたい仕事には非常に幅があります。
経理がやりたい、
バイタリティーに富む営業がやりたい、
国際分野で働きたい、
食品会社に入りたい、
旅行関係の仕事がしたい、
コンサルタントになりたい、
福祉や介護の仕事がしたい、
安定している公務員になりたい、
あこがれのマスコミで働きたい、
音楽関係の仕事がしたい、
広告を作りたい、
企画がやりたい、
編集がやりたい、
テレビの仕事がしたい、
カメラマンになりたい、
ゲームクリエーターになりたい、
芝居がやりたい、
作家になりたい……などと、
言葉にすると、かなり幅広い種類のものが、やりたい仕事のカテゴリーに入ります。
やりたい仕事の内容を大胆に分類すると、
やりたい仕事=
(1)したい、なりたい、あこがれの「好き系」
(2)適性がある。今、高い実力があるという「強い系」
(3)公務員を始めとする「奉仕系・安定系」
の三つがあります。
「いい就職=安定した生活+やりがいの実現」であり、「安定した生活」と「やりがい」とを、それぞれ具体化したものが、「上位企業」と「やりたい仕事」と考える人が多いようです。
安定した生活を具体化するものは、多くの人の場合、上位企業に入ることですが、中には、より安定度が高いと思われる公務員をめざす人もいます。
本来、公務員とは社会に奉仕したいという気持ちで志望すべきものです。
しかし、現在では、安定や地位を求めて公務員を志望している人が主流のように思います。
つまり、公務員になりたい、公務員の仕事がしたい、といぅのは、やりたい仕事だからではなく、「安定した生活」を実現するためであることが多いようです。
したがって、ここでは、やりたい仕事の「奉仕系・安定系」は、やりたい仕事の分類から外して考えることにします。
つまり、やりたい仕事には二つあり、それは、
やりたい仕事=
(1)「好き系やりたい仕事」
(2)「強い系やりたい仕事」
です。
「好きこそものの上手なれ」で言えば、「好き」が好き系で、「上手」が強い系です(なお、「好き系やりたい仕事」でも、俳優・作家の類は対象外としています)。
このように、やりたい仕事にはニ系列があります。
しかし、ここに「いい就職」という観点を加味すると、やりたい仕事は、次のように考えるべきだと言えます。
学生が自己分析をして見つけようとする、やりたい仕事とは、「今の、やりたい仕事」、あるいは「今の時点で考える、やりたい仕事」です。
それに対して、いい就職の基本は「将来の専門能力がつくこと」です。
すなわち、重要なのは、「今」ではなくて「将来」です。
「やりたい仕事」を考えるときには、このような時間のズレが生じがちなことにまず注意してください。
そして、もう一つ注意してほしいのは、「今の、やりたい仕事」は、好き系でも強い系でもいいのですが、「将来の専門能力」は、強い系でなければならないということです。
「好き系やりたい仕事」で成功する人もいるのでしょうが、それは「強い」からであり、結局、将来、評価される実力(専門能力)がつくのは「強い系やりたい仕事」だけだといってもいいのです。
ちなみに、「好き系」というのは、強くなるための動機づけのようなものであり、
好きであることも、いい就職に関係してはいますが、直接影響を与えるのは、強い系です。
基本的に、新卒就職では好き系やりたい仕事(好きな仕事)を追わない方がいいと思います。
めざすのはかまいませんが、固執するのはよくありません。
いい就職のために必要な、やりたい仕事とは、「今の、やりたい仕事」ではなく、「将来の専門能力」、すなわち「将来の強い系やりたい仕事」でなくてはなりません。
つまり、自己分析して見つけるべき、やりたい仕事とは「今の時点で考えて、将来の強い系やりたい仕事」に結びつくという確信の持てる仕事でなくてはならないのです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
上位企業に入った方がいい。ただし、実力が求められる仕事に就けるのなら
一般的に新卒時は、一流企業、大企業などと呼ばれる上位企業に入れる最大のチャンスであり、一生のうちに一度は上位企業に入って、その世界を見ておくことは有意義であると思います。
したがって、上位企業をめざすという行動は正しいし、当然であると思います。
私でも、入れるのなら、上位企業に入ることを勧めます。
もうお分かりだと思いますが、私が言いたいのは、優先順位があり、それを間違えたら意味はないということです。
つまり、
上位企業に入った方がいい。ただし、実力が求められる仕事に就けるのなら
ということなのです。
上位企業は客観的にみて、いい企業ですし、先に述べたようなことから、実力をつけるためにも上位企業の方が、よりいいと言えます。
しかし、上位企業の中で「実力が求められる仕事に就けるのなら」という条件がつくのです。
これからの時代では、上位企業で実力が求められない仕事をするのならば、中堅・中小企業で実力が求められる仕事に就いた方がはるかにいいのです。
「上位企業」という要素は、「実力がつくこと=実力が求められる仕事に就くこと」をクリアした後に初めて、いい就職のための条件になってきます。
つまり、「上位企業」は、優先順位が二番目の条件です。
第一の条件である「実力が求められる仕事に就くこと」をクリアしていないと、
「上位企業」をゲットしても、いい就職の最低条件である、安定した生活も確保できません。
よく言われる「上位企業に入ったってダメだ」とは、「実力が求められる仕事に就けるかどうかも考えず、ただ、上位企業に入ってもダメだ」という意味です。
「上位企業内定至上主義」とは 「上位企業」を優先順位の第一として追ってしまうことであり、それでは、いい就職とはならないということです。
ちなみに、「実力がつくこと=実力が求められる仕事に就くこと」と、企業ランクとは、一般的にはトレードオフの関係にあります。
上位企業に無理して入れば、入ってからの身分は下がります。
中・下位ランクで入れば、補助社員として、実力が求められない仕事に就くことが多いのです。
特に女子の場合は、より顕著です。
第二優先として「上位企業」をめざせばいいのですが、「上位企業」を第一優先として活動してしまえば、頑張れば頑張るほど、いい就職からは離れていくという結果になります。
なお、これまでは「上位企業」という用語を使ってきましたが、実際には、上位企業に手が届く人は限られています。
汎用的に述べれば、目標としての「上位企業」という要素は、「より上位の企業」ということです。
したがって、「実力が求められる仕事に就けるのなら、より上位の企業に入った方がいい」ということです。
また、「いい企業」という表現も漠然としており適切ではありませんので、以降では「いい企業」を「いい就職ができる企業」と統一して記載することにします。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
上位企業とは「客観的にみた、いい企業」
一般的に「いい企業」と普通に使った場合には、「各種ランキングなどの企業基準でみた、いい企業=客観的にみた、いい企業=上位企業」、
すなわち「いい企業とは、上位企業」を表すことが多いと思います。
上位企業に入りたいという気持ちは、私にも十分に分かります。
そして、「上位企業」に入ることは、いい就職とイコールではありませんが、メリットも実際に多くあります。
上位企業は、これからの時代でも、客観的にみれば、いい企業です。
上位企業と中位・下位企業とを比べたら、断然、上位企業の方が優れています。
それは、経営資源をみれば一目瞭然です。
安定性や待遇、仕事のスケールの大きさ、CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)による効果的なジョブローテーション、その他、リストラされるときでも子会社への出向といったワンクッションが入るなど、メリットはたくさんあります。
よく「(大企業などの)上位企業でも倒産する時代だから、大企業に入ってもダメだ」などという声を聞きますが、上位企業でも倒産する時代では、中堅・中小企業や中・下位企業は、もっとつぶれています。
つまり、上位企業に入っても安心ではありませんが、「より安心」なのは上位企業です。
それに、優秀な人材が集まっているという点も大きなメリットです。
多くの優秀な人材の中でもまれることによって、実力がついてきます。
上位企業は競争が厳しいので落ちこぼれる人も多いのですが、ついていければ、より高い実力がつきます。
確かに「大企業病」や「スピードの遅さ」などの欠点もありますが、人材が豊かであれば、改善していくことは十分に可能でしょう。
また、上位企業は一般的に規模も大きく、仕事の種類や幅を持っており、企業内に「将来の、やりたい仕事=本当に自分に適した仕事」がある可能性が、より高いと言えます。
本当にやりたい仕事が見つかり、それを追う際、転職しなくてもいいということは、働く人にとって非常に大きなメリットです。
これからの時代でも、転職のマイナス面が大きく減じることはなく、転職は、できればしない方がいいと思います。
新卒で入った企業で、いい就職(安定した生活+やりがい)が得られることが理想であり、その理想のかなう可能性が高いのは、やはり上位企業なのです。
これが、大企業を始めとする上位企業に入る最大のメリットと言えるかもしれません。
要するに、上位企業は、(企業としての)実力が高い企業です。
一言で述べれば、上位企業は優れた企業です。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
いい就職とは「いい企業」に入ること
当サイトでは、就職を、
就職=職に就くこと・職を得ること=企業に入ること
と走義しています。
就職マニュアルや就職関連記事などの中には、「企業に入ることだけが就職ではない」と書いてあるものが多く見られます。
例えば
「やりたいことで生きるのも手」
「創業するのも手」
などという記載です。
しかし、学生が企業に入らずに、いきなりフリーになったり、創業したりして、成功するとは思えません。
やりたいことにはいろいろあるのでしょうが、一般的に、やりたいことと(極端な例をあげると、作家になりたいなど)で「安定した生活」をするのは至難の業、はっきり言えば、まず無理です。
また、若年層の創業がいかに難しいかは、中小企業白書などを見ても明らかです。
現在は、パソコン一台で創業できる時代ではありません。
SOHOで成功するのは、ビジネス経験が豊富な人でも、ごく少数です。
独立や創業ということは、一流企業に就職することよりも、はるかに難しいのです。
社会経験や高い実力に加えて、強い信念や運も必要です。
つまり、独立や創業は就職よりも上のもので、ビジネスマンの日堅口同峰の目標といってもいいかもしれません。
もちろん、サークル活動のように、数年活動してやめるというのなら、できる人もいるでしょう。
しかし、それではいい就職とは言えません。
「安定した生活+やりがい」を実現する独立・創業ができるのか、ということを考えなくてはなりません。
そして、冷静に考えれば、それは新卒時にできるものではありません。
「会社だけが人生ではない。やりたいことで生きよう」
などと書くのは簡単ですし、理論的には正しくても、現実にはナンセンスです。
普通に考えれば、
「企業に入ることだけが就職ではない」
「創業するのも手」
などが、いい就職から外れていることは言うまでもありません。
仮に芝居俳優や作家をめざすにしても、最初は企業に入り、社会を知ってからの方がいいと思います。
それからでも遅くはなく、むしろ近道であるとさえ思います。
もちろん、中には、芸術家や起業家として即、成功する人もいるでしょう。
しかし、そんな素晴らしい才能や強い運を持った人は特殊な人であり、当サイトの対象からは外しています。
そんな特別な運命の持ち主までを対象に加えてしまえば、いい就職の定義は、かなりおかしなものになります。
少なくとも一般学生が使えるものにはなりません。
つまり、ほとんどの人にとって、「就職=企業に入ること」と考えてよく、漠然とした言い方ですが、いい就職とは「いい企業に入ること」という定義になります。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
新卒就職のメイン目標は「より高い実力が求められる仕事に就くこと」
以前述べた、いい就職の定義を思い出してください。
いい就職=安定した生活+やりがい
いい就職の最低条件=安定した生活(の実現)
と定義しました。
これまでの時代では、安定した生活を実現するためには、安定した企業に入れば十分でした。
そして、多くの場合、安定した生活と、やりがいとはトレードオフの関係でした。
しかし、これからの時代では、安定した生活を送るためには、まず、やりがいがないとダメなのです。
やりがいがないような仕事は、実力が求められない仕事であり、安定した生活(年功賃金・終身雇用)を送ることは困難です。
つまり、いい就職の悪条件は「安定した生活」ではなく「安定した生活+やりがい」です。
本来、いい就職の定義に悪条件などというものはなく、いつの時代でも、いい就職とは「安定した生活+やりがい」なのです。
そして、本来、安定した生活と、やりがいとは、トレードオフの関係ではなく、極めて密接な因果関係があります。
「人はパンのためにも、やりがいを持って生くるものなり」なのです。
そして、その
「やりがい」とは、実力が求められる仕事に就くこと
なのです。
要するに、仕事は、難しく苦労が多いほどいいのです。
昔から言われている「若いうちの苦労は買ってでもしろ」ということわざの通りです。
反対に、簡単でラクな仕事ほど将来は芳しくありません。
つまり、これまでの時代においしかった仕事は、これからの時代には、まずくなるのです。
これまでの時代には、やりがいのない仕事で安定した生活を謳歌する人が少なからずいました。
しかし、その人たちは、これからの時代には、かなり不安定であると言わざるを得ません。
安定が保証されている仕事が崩れたときが、いちばん悲惨な気がします。
いい就職の条件にはいくつかありますが、際立って重要なのは「実力がつくこと=実力が求められる仕事に就くこと」です。
つまり、
新卒就職のメイン目標は、まず「より高い実力が求められる仕事に就くこと」
です。
実力が求められる仕事に就けば、やりがいはついてきます。
そして、実力がつき、安定した生活にも結びつきます。
これまでの時代には、やりがいはなくても安定した生活ができましたが、いい就職ではなかったと思います。
安定した生活とやりがいの両方があってこそ、いい就職です。
そのためにも、「実力が求められる仕事に就くこと=やりがいのある仕事に就くこと」は、「上位企業」や「やりたい仕事」という要素を超えて、必ず実現してほしいと切に願うものです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
将来、その道のプロになるためには、今、実力が求められる仕事に就くこと
社員の身分についての概念は、いい就職をするにあたって極めて婁なので、もう一つ違う例を出して説明しておきます。
野球やサッカーのチームで考えると、基幹社員と補助社員は、レギュラーと補欠の関係に似ています。
野球でもサッカーでも、グラウンドでプレーしているレギュラー以外に、ユニフォームを着てスタンドで応援している多くの補欠たちがいます。
特に名門・強豪校では、補欠の方がはるかに多いようです。
初めに断っておきますが、補欠を軽蔑しているわけではありません。
レギュラーに選ばれなかったにしても、努力や練習量は変わらないだろうと思います。
しかし、実力をつけるために重要なのは、レギュラーとなり、真剣勝負の一軍戦(公式戦)で試合をすることなのです。
プレッシャーの中で、実戦を通して多くの経験を積むことにより、真剣に考え、工夫し、その結果、実力が上がっていくのです。
これは、残念ながら練習では身につきません。
まして、観客席で試合を見ていて身につくものではありません。
何度も述べましたように、実力とは「将来の専門能力」のことであり、将来はその道のプロになることが重要です。
そのために、今、どういう就職をしたらいいのかと言うと、答は、ズバリ「基幹社員として入ること」なのです。
つまり、
将来、その道のプロになるためには、今、基幹社員として入ること
なのです。
実力が求められない仕事では、当然、実力は上がりません。
ましてフリーターなどは、「誰でもできる簡単な作業です」という求人広告のフレーズに代表されるように、実力が求められない社員のさらに補助的作業、
いわば「補助社員の補助」ともいうべき存在で、まさに最悪の選択です。
フリーターの仕事は、スポーツチームの例で言えば球拾いです。
もちろん縁の下の力持ち的労働も尊いとは思いますが、球拾いでは実力がつかず、新卒の就職としては論外といってもいいと思います。
将来、その道のプロになるためには、レギュラーとして、できるだけ多くの、いい経験を積むことが大切です。
実力をつけるためには、所属するスポーツチームの優劣よりも、ポジションにこだわることよりも、レギュラーとして試合に出られるということの方が、はるかに優先順位が高いのです。
強豪校に入れても、レギュラーになれなければ意味はありません。
したがって、「上位企業に入ること」よりも「基幹社員として入ること=実力が求められる仕事に就くこと」の方が重要なのです。
私も、今、振り返ってみると、新卒で就職してからずっと基幹社員として仕事をさせてもらってきたことが大きかったと思います。
特に最近まで勤務していた学校では、副部長という責任ある役職を任せてもらい、就職業務に関しては、自分のやりたいように、本当に自由に働かせてもらいました。
そして、多くの失敗、挫折を繰り返し、工夫を重ねました。
上司に指示された仕事をこなすだけでいいという立場では、就職について深く知り、深く考えることはできなかったかもしれません。
誰でも同じ気持ちかもしれませんが、今の自分は多くの人に育ててもらった結果であると思います。
人間が一人で学べること、考えることには限界があります。
私も、多くの人に育ててもらいました。
それは、直接何かを教えてくれたということではなく、基幹社員として、つまり大人のビジネスマンとして扱ってくれたということが大きいと思います。
基幹社員になれば、嫌でも社会に育てられます。
反対に、補助社員ではそういう機会が少ないのです。
この差は極めて大きいと言わざるを得ません。
社会に育ててもらえるのが、基幹社員であると言えるでしょう。
これは、企業で行なわれる研修などとは格が違います。
もちろん研修制度はあった方がいいのですが、なくても別にかまいません。
その必要性が分かれば勉強は自分でもできます。
何の勉強をしたらいいのかが分かることが重要なのであり、それを分からせてくれるのが基幹社員の仕事(基幹的業務)なのです。
前述したように、多くの社員には実力がついていません。
それは、多くの社員が補助社員であるからです。
実力がつくのは、多くの場合、基幹社員(レギュラー)だけです。
もちろん、どんな仕事でも、それなりの力はつきます。
何のためにもならないことなど、世の中には一つもありません。
重要なのは、中高年になっても、いい就職が続けられるような、年齢に見合った実力がつくかということです。
基幹社員は義の選ばれた社員であり、補助社員は一般社員といってもいいと思います。
要するに、その他大勢として企業に入ってはダメなのです。
たとえ最初の差はわずかでも、入社後何年もたつうちに大きな差がついてしまいます。
就職では、基幹社員として採用され、よりレベルの高い仕事に就くことが、何より重要なのです。
なお、基幹社員というと「幹部社員」という意味に取ってしまう人も多いので、より誤解を少なくするため、以降、基幹社員を「実力が求められる社員」、補助社員を「実力が求められない社員」と統一して表すことにします。
基幹社員と補助社員をまとめると以下のようになります。
|
基幹社員=実力が求められる社員=実力がつく社員=本当の正社員 補助社員=実力が求められない社員=実力がつかない社員=期間限定社員 基幹社員として入ること=実力が求られる仕事に就くこと=いい就職 補助社員として入ること=実力が求められない仕事に就くこと=失敗就職 |
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
「補助社員」に未来はない
一般事務のような補助的業務やルーティンワーク、また御用聞きのような仕事など、誰にでもできて、代替がきくような仕事をしていては、社会で通用する実力はつきません。
もちろん、どんな仕事にも工夫する余地はありますが、その範囲が狭い仕事では、大きな成長は見込めないのです。
仕事のレベルは上がらないのに、コスト(給料)が高くなってくれば、当然、リストラの対象となります。
基本的に、給料と仕事内容とがアンバランスになれば、合理的に考えれば企業側としては辞めてもらいたいのです。
給料が月一万円上がるとすれば、月一万円アップした仕事をしてもらわないと採算が合いません。
ところが、現状は、五十歳で年収八〇〇万の人の仕事を、三十歳で年収500万の人でもできるというケースがたくさんあります。
現時点での採算だけ考えれば、実力がついていない中高年社員がリストラされるのは当然です。
窓際族や「おつぼねOL」として企業にしがみつくことも可能ですが、それもつらい生き方です。
つまり、補助社員(単なる一兵卒も含む)として採用されると、企業に長く勤めることはできないのです。
ごく稀に、補助社員として採用された者が、その並々ならぬ努力によって基幹社員になるということもあり得ますが、それは例外といってよいでしょう。
これからの時代、企業が正社員として雇用するのは基幹社員だけになっていくでしょう。
企業が本当にはしいのは、基幹的な業務を行なう社員、すなわち実力(=将来の専門能力)をつけていける社員であり、そのために多くの経費をかけて新卒採用し、教育もしていくのです。
マニュアル通りに動くだけの社員や代替が利く社員など、実力を必要としない社員を新卒から育てていく必要は、本来ありません。
中途採用や契約社員などで十分です。
現在は、新卒で派遣社員になる人も増えているように、補助社員の外注化が急激に進んでいます。
これまでの時代は、新卒雇用一括主義であったので、新卒全員を正社員として採っていましたが、
これからの時代において補助社員は、契約や派遣、パート社員に取って代わられるはずです。
つまり、補助社員は、実質的には正社員ではなく、契約社員として入るようなものなのです。
当然、いい就職とはなりません。
日本的雇用は崩れつつあります。
しかし、基幹社員は、日本的雇用が崩壊しても、年功・終身雇用制なのです。
基幹社員は実力がつく仕事をしていくので、年々、実力が上がります。
仕事の質や量も上がります。
企業への貢献度も上がり、それに伴い給料も上がるのです。
つまり、企業と基幹社員とは、労使ともにハッピーな、いい関係を続けることができます。
そして、その結果として終身雇用もあるのです。
これが本来の日本的雇用の姿であり、いい就職をするうえで、第一にめざすべき方向です。
ですから前節で書いたように、ぜひ基幹社員として就職してほしいのです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
「将来の専門能力」をつけるためには「基幹社員」として入ること
いい就職の根本は、「実力(=将来の専門能力)がつくこと」です。
実力をつけていくために最も重要なことは、実力が求められる仕事に就くこと、実力が求められる社員として企業に入ることです。
これは、業界や職種などの仕事内容が自分のやりたい仕事かどうか、という問題ではありません。
重要なのは、仕事の種類ではなく、仕事のレベルです。
同じ新入社員でも、期待のされ方によって、就く仕事のレベルが天と地ほども違ってきます。
分かりやすく言えば、同じ新卒募集でも、身分の違いがあるということです。
これ(入ってからの仕事のレベル)は、就職部の業務に就くまでは、私もそれほど意識している問題ではありませんでした。
しかし、現実には、大変注目すべき概念なのです。
同じA社に入ったとしても、採用された身分によって、いい就職と失敗就職とに分かれます。
そもそも入社試験の難易度が身分によって大きく異なっているのです。
就職部業務を通じて得た経験から言うと、どこの企業に入ったかということよりも、どういう身分で入ったかということの方が、将来の専門能力のためには明らかに優先順位が高いのです。
そして、高い身分で入ることこそが、いい就職のための最重要な要素であることが分かってきました。
当サイトでは便宜上、社員の身分を、基幹的業務を行なう「基幹社員」と、補助的業務を行なう「補助社員」の二つに分けることにします。
これは、よく使われる「総合職」と「一般職」とは違います。
総合職だから実力がつく、一般職だから実力がつかない、というものではありません。
例えば男子は、ほぼ全員が総合職として採用されますが、社会で通用する実力がついている人は一部です。
また、女子の一般職でも、基幹社員として扱われるケースもあります。
実力がつくかどうかは、普段している仕事の内容で決まります。
実力をつけていくためには、基幹的な業務を任せてもらい、経験を積み重ねていくしかありません。
もう少し具体的に言えば、より高度な仕事、難しい仕事、工夫する余地が大きい仕事、責任ある判断の伴う仕事、普苗心決定の機会が多い仕事ほど実力はつきます。
つまり、
就職では、できるだけ上の身分で入り、その企業の中で、中心的な仕事、できるだけレベルの高い仕事をしていくことが極めて重要
なのです。
そして、基幹社員として経験を積んでいく中で、初めて自分の適性や、やりたい仕事が見えてきて、その上で自分の進むべき道が決まり、その結果として専門能力が身についていくのです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
これからの時代に不可欠な実力とは「将来の専門能力」
先に、普通のサラリーマンは実力がつかないことが多いと書きましたが、
普通ではなく、かなり頑張って働いてきた人でも、中高年以降に、いい就職の最低条件を実現する転職をすることは難しいものです。
ちなみに、私も、今から一般企業に就職するとしたら、かなり厳しいだろうと思います。
私も、ビジネスマンとしてそれなりの実力はあると思います。
それでも、求人誌や新聞の求人欄などを冷静にみると、就職は大変だろうなと思います。
求人企業には応募者が殺到していますし、転職希望者の中には若くて優秀な人も多いので、よほど実力がなければ、中高年が採用されることはありません。
要するに、頑張って働いてきても、中高年以降、その年齢に見合った待遇で転職(再就職)ができるというケースはまれなのです。
確かに、経営者(企業)の立場で考えてみれば、かなりの実力があっても、中高年を組織に組み込んで使うのは難しいと思います。
企業によって、仕事のやり方や、考え方などは大きく異なります。
他社で働いてきた人が、その企業の組織にピタツと収まるというケースは非常に少ないと思います。
また、人間関係も難しいでしょう。
他社から来た中高年が、いきなり上司になれば、当然、嫌がられます。
極端な実力差がなければ、部下が納得しません。
アバウトですが、10倍以上の仕事ができないと認めてもらえないような気がします。
その上、仕事ができすぎても、よくありません。
下手をすると周りが敵になってしまい、孤立してしまいます。
三十代ならまだ何とかなっても、四十代、五十代になると、いい就職は、さらに厳しくなります。
リストラにあっても、潔く辞めてしまうなどということはできません。
みっともなかろうが何だろうが、とにかくしがみつくしかないというのが現状です。
それでは、中高年以降でも、いい就職ができる人とは、どういう人なのでしょうか。
中高年に対するニーズには(若年層が採れない企業は別にして)、その企業の弱点を強化したい、立て直したい、また、何かが欠けているので新たに作りたい、問題のある経営資源を整理したい、などがあります。
そして、そうしないと企業の存続にもかかわるというケースです。
もちろん即戦力が条件で、採用後もすぐに結果を求められます。
つまり、中高年となると、需要のある特定分野での高い要求に応えられないと、採用はあり得ません。
これは、「高い専門能力(スペシャリティー)」を持ったスペシャリスト(その道のプロ)でないと、まず、いい就職(転職)はできないということです。
逆に言えば、幅広い基礎能力で勝負するゼネラリストだと、まず、いい就職(転職)はあり得ないということです。
よく言われているように、これからの時代で強いのは、高い専門能力を持った人です。
要するに、いい就職の最低条件(安定した生活)を実現できる実力とは、当然、今の実力ではなく、企業に入ってから(仮に、二十年後としましょう)の実力、
そして、幅広い基礎能力ではなく、いざというときにも、いい就職(転職)ができるような高い専門能力のことです。
つまり、
これからの時代に不可欠な実力=今、誰にも負けないという実力ではなく、例えば、二十年後に、企業や社会から必要とされる高い専門能力
なのです。
前述したように、いい就職の根本は、実力がつくことであり、その実力とは「将来の専門能力」のことです。
つまり、
いい就職の根本=将来の専門能力がつくこと
です。
しかし、将来の専門能力が何なのかを今、見極めることは、まず不可能です。
現在、資格取得がブームになっていますが、新卒就職では、今の実力ではなく、将来の実力を上げることがより重要で不可欠です。
つまり、今、考える必要があるのは、
将来、専門能力がついているためには、今、どのような就職をしたらいいのか
ということです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
いつの時代でも求められるものは「実力」
これからの時代に、いい就職(=安定した生活+やりがい)、あるいは、いい就職の最低条件(=安定した生活)を実現するための根本は「実力をつけること」です。
実力というものは本来、いつの時代でも求められるものです。
そして、その実力とは、要領やテクニックではないのです。
特にこれからの時代は、「実力」という言葉が前面に出てくると思います。
実力主義の時代への対応を端的に言えば、企業に守ってもらおうとはせず、個人が実力をつけていくことです。
他社でも通用する実力が身についていれば、何歳になっても仕事をしていけます。
リストラも倒産も恐れることはありません。
自分に実力さえつけられれば、少なくとも安定した生活は実現できるのですから、いい就職のための根本的な条件は、
「自分に実力がつく仕事をすること」
「自分に実力がつく企業に入ること」
です。
つまり、
いい就職の根本=(個人に)実力がつくことです。
これまでの時代は上位企業に入れば何とかなりましたが、これからの時代は実力があれば何とかなります。
つまり、これからの時代において、「実力がつくこと」は、絶対に外せない条件です。
実力主義は、合理的なため、競争をあおり、強者を優遇するという悪い側面もありますが、企業からみればこれからの時代は、実力がついていないと、本当につらいことになると思います。
だからこそ、すべての学生に、実力がつく就職をしてほしいのです。
実力がキーになるのなら、それを考えた就職活動をしなければなりません。
つまり、これからの時代において、「実力がつくこと」は、いい就職のための第一条件です。
そして、
いい就職ができる企業の根本=(個人に)実力がつく企業
ということになります。
ただし、これはベンチャーや外資系など、いわゆる「実力主義の企業」に入ることを勧めるものではありません。
実力主義の企業に限らず、本当の就職をすれば、すべての企業は「実力がつく企業」となります。
「企業に入るための、今の実力」と「企業に入ってからの、将来の実力」
実力といっても非常に幅があります。
どういう実力をつければいいのかが分からなければ、当然、どういう就職活動をしたらいいのかも分かりません。
これからの時代に不可欠な「実力」とは、どういうものなのかを考えてみましょう。
「実力」を時間的にみると、「今の、入社試験を突破するための実力」と「企業に入ってからの実力」の二つがあります。
シンプルに言うと、
実力=企業に入るための実力、企業に入ってからの実力
の二つです。
そして日本的雇用が崩壊した後、より重要なのは「入ってからの実力」です。
ここを間違えると、今、入社試験で、「実力の高い人が勝つ」という実力主義で勝っても、
入ってからは「入ってからが勝負」という実力主義で負けてしまうということになりかねません。
現実社会に出ると、おとぎばなしのウサギとカメのレースのようなことが往々にして起こります。
この二つの実力を絶対に混同してはいけません。
実力が高い方がいいのは間違いありませんし、入るときの実力も高い方がいいのです。
高い方がいいのだけれど、「入ってからの実力が高くなる」ということを忘れたら意味がないのです。
実力主義の「入ってからが勝負」という側面を忘れ、今、「実力の高い人が勝つ」競争に走りすぎると、失敗する可能性が高いのです。
つまり、
実力主義でいう「実力がある人が勝つ」=今のことではなく、企業に入ってからのこと
なのです。
私は、「これまでの時代」と「これからの時代」という使い分けをしていますが、
「これからの時代」を「現在は」「今は」と書くこともできます。
しかし、就職に関しては、「これからの時代」と考えた方がいいのです。
なぜなら、本来、就職活動は、もっと先の社会を想定して動く必要があるものだからです。
例えば、今から二十年以上先、すなわち中年以降になったときを考えておかなくてはなりません。
もちろん、二十年後の具体的なことを今、見極めようというのではありません。
ここで言いたいのは、就職を考えるとき、これからの時代とは、今ではなく、今を含めた将来すべての期間であり、
新卒就職では、「今のこと」よりも、「先のこと」を考えて動くべきであるということです。
この「時間的なズレによる違い」は、極めて重要な概念なので、確実に頭に入れておいてください。
なお、先にあげた、いい就職の根本「実力がつくこと」の実力も、当然「企業に入ってからの実力」のことです。
要するに、これからの時代(実力主義の時代)は、「企業に入ってからの実力で勝負」するのであり、いい就職の根本は「企業に入ってからの実力がつくこと」です。
「企業に入ってからの」を「将来の」と置き換えれば、つまり、
いい就職の根本=将来の実力
がつくことです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
上位企業内定至上主義は、いい就職を外す危険性が高い
これまでの時代は、入った時点で勝負が決まったので、「いい就職=いい企業に入ること=上位企業に入ること」でした。
確かに、これまでの時代では、一流企業に入った方が良かったと思います。
給料や福利厚生などの待遇が非常に良かったですし、世間体も良く鼻が高かったと思います。
一流企業に勤めているというだけで社会的信用が得られ、尊敬すらされました。
はっきり言って、これまでの時代には、上位企業に入らなければ損だったとすらいえます。
これは企業ランクが高ければ高いほど勝ちということであり、受験偏差値と同じです。
前述したように、現在、就職活動と大学受験とでは、システムの違いが生じています。
これからの時代では、いい就職の最低条件(=安定した生活)さえも約束されていません。
それは、上位企業に入っても同じことです。
というよりもむしろ上位企業は、商品、価格、広告宣伝、流通(いわゆるマーケティングの4P)などに優れており、名刺のパワーも強いため、
本人の努力が少なくても、そこそこ売れてしまうことが多く、また組織や方法論もしっかりしており、工夫の余地や判断する機会が少ないという側面もあります。
その結果、社員の実力がついていかないということも意外と多いように思えます。
また、上位企業では、不景気になったときの、社員同士の生き残り競争も過酷です。
バブル時代には、下位校からも、多くの学生が上位企業に入社できました。
彼らは、入ってから幸せになっているのでしょうか。
残念ながら、リストラされた人も多いと聞きます。
私の勤務していた学校でも、上位企業に入った人の転職率は比較的高く、全員辞めているというケースも珍しくありませんでした。
上位企業内定至上主義は、学校の宣伝や学生募集のためには役に立っても、卒業生の幸せに直結するものではありません。
にもかかわらず、前にも触れたように、就職指導はいまだに「上位企業内定至上主義」で行なわれています。
バブル期の痛い経験が、ほとんど生かされていないのは残念なことです。
そもそも就職は、期間的にも、内容的にも、今(入るとき)のことより、将来(入ってから)のことの方がずっと比重の大きいものです。
考えてみれば当たり前のことです。
それなのに、大学受験と同じように、入ることだけに躍起になったのは、日本的雇用があったからです。
「入ってしまえば、後は安心」という制度があったので、ランキング上位の企業を選び、その試験に合格するという就職活動で良かったのです。
しかし、「日本的雇用=入ってしまえば、後は安心」がなくなったのに、同じやり方をしているのはいただけません。
頑張って上位企業に入っても、先にあげた、リストラされて再就職ができない中高年のようになってしまっては意味がないのです。
職安に職を求めて集まってくる人の中には、上位企業に勤務していた人も少なくありません。
これまでの時代も、これからの時代も、上位企業に入れる人は優秀な人であると思います。
今、再就職できない中高年の人も、入る時点では高い実力があったのです。
つまり、再就職できるか否かということと、勤務していた企業ランクとは、ほとんど関係がありません。
これまでの時代には、ただひたすら上位企業をめざして頑張るという就職活動は、安定した生活だけを考えれば文句のないものでしたが、
これからの時代は、入った時点で勝負がつくわけではないので、
上位企業内定至上主義は、いい就職に直結するものではない
と言えるのです。
より明確に言えば、いい就職を外す危険性が高い活動だと思います。
ちなみに、「ただ上位企業をめざしても意味はない」などと言うと、この件に関しても、
「そんなこと言われなくても分かっているよ」
という反応をする人が実にたくさんいます。
多くの就職マニュアルや指導者も「上位企業に入ったってダメだ」的なことは述べており、耳にタコができている人もいると思います。
しかし、たとえ「上位企業≠いい就職」説が展開されていても、ほとんどの就職マニュアルや指導者の教えは、上位企業への内定がメインの目標となっています。
それは就職マニュアル等だけが悪いのではなく、学生本人も、親も、学校も、上位32企業への就職を熱望しているという動かしがたい現実があるからです。
「これからの時代」と「安定した生活」を同時に考えないと就職活動は迷走する
なぜ「これからの時代」と「安定した生活」について以前から繰り返し書いているかというと、これらは、いい就職を考えるための大前提であり、これがないと、結論や正解がいくらでも出てきてしまうからです。
また、この二つのことを書かないと、今の就職活動方法を変えてみようという気になってもらえないからです。
理論を生み出すうえで、前提は極めて重要なものです。
それなのに、前提条件がはっきりしていない就職マニュアルや指導者が、あまりにも多いと思います。
現在、多くの就職マニュアルが出ており、就職に関するありとあらゆることが書かれています。
一冊の本の中で、相矛盾する主張が述べられていることも珍しくありません。
私は仕事柄、多くの就職マニュアルや就職情報誌などに目を適します。
中には、正直な感想として、乱暴な教えだなと思うものもあります。
しかし、その部分だけを取り上げてみれば、その内容は基本的にはすべて正しいと言わざるを得ません。
仮に複数の対立し合うことが書かれていても、条件を変えて考えれば、すべてのものは正解になってしまうからです。
「これからの時代(入ってからが勝負という実力主義の時代)」が明確な条件となっていなければ、相変わらず、上位企業に入ることが一番、ということになります。
また、「安定した生活(年功賃金・終身雇用の実現)」が条件になっていなければ、
「やりたい仕事に就こう」
「仕事だけが人生ではない」
「好きな仕事で生きよう」
「なりたい自分になろう」
「お金より自分の余暇を大切にした方がいい」
「フリーターや契約社員でも生きていける」
などと何でも書けてしまうのです。
確かに、親が大金持ちで、大きなマンションを経営しているなど、将来にわたって生活が保証されているのなら、やりたいことをめざしてもかまわないのかもしれません。
しかし、就職に生活がかかっていないような人は、初めから就職マニュアルなど読んでいないでしょう。
また、当たり前のことですが、フリーターや契約社員で一生やっていけるわけがありません。
これらの仕事は、年齢が上がっても給料は上がっていかないことが多く、
中高年以降、「安定した生活」を営んでいくことは困難です。
しかし、年功賃金・終身雇用という前提がなければ、「フリーターでも生きていける」というのは、決して間違いではありません。
「就職せずに、いきなり作家をめざす」でも正解になります
(ちなみに、やりたい仕事を見つけるためにフリーターになる人もいるようですが、フリーターの立場で、やりたい仕事を見つけることは、まず無理でしょう。詳細は、いつか話しますね)。
最近では、時代の変化を謳う就職マニュアルが増えてきました。
「大企業に入っても安心ではない。
上位企業に入っても、リストラされたら意味はない」
などと書く本もたくさん出ています。
しかし、それではどうしたらいいのかという問いに、
「企業ランクではなく、自分のやりたい仕事をしよう」
という回答を出してしまっています。
しかも、そのやりたい仕事の内容が、社会人からみると突拍子もないものであることも少なくありません。
一般的に、やりたい仕事と安定とはトレードオフの関係であるため、現実的には、やりたい仕事を追うと、安定した生活ができないことが多いものです。
その結果、
「安定した生活のためには、上位企業に入った方がいい。
しかし、上位企業に入ってもダメ。
やはり、やりたい仕事をしよう。
でも、やりたい仕事を追うと安定が……」
ということになり、多くの就職マニユァルは、
「上位企業 → やりたい仕事 → 上位企業…、」
の無限ループに入ってしまっています。
あるいは、「こういう考え方もあります。また、こういう孝完もあります」などと、ただ羅列している就職マニュアルも見かけます。
これでは読んでいる人が救われません。
どうしてこういうことになってしまうかと言うと、「これからの時代」と「安定した生活」を別々に考えているからです。
多くの就職マニュアルは「これからの時代」を出した瞬間に「やりたい仕事」を持ち出すため、「安定した生活」という前提がなくなってしまっていることが多いようです。
いい就職を考えるための大前提である「これからの時代」「安定した生活」は、同時に考えなくてはならないものであり、単独で考えても、いい就職とはなりません。
この単純なことが分かっていない就職マニュアルや学生が意外に多いのです。
一方を無視して一元的に考えれば、どうしても「現実離れした、いい就職」となってしまいます。
いい就職を考えるための大前提を無視した就職マニュアルや指導者の教えの下で、実際に活動する学生は、たまったものではないと思います。
間違った、いい就職の教えに従えば、就職マニュアルの無限ループに巻き込まれて、グルグル回りながら迷走していくことになります。
そして、迷ったあげく、最的な方向としては、古典的な目標である1位企業内定ゲットに向かって、一直線に突き進んでいく人が圧倒的に多いのです。
そして、「やりたい仕事」は上位企業内定のためのツールとなり、偽りの就職活動を展開してしまうのです。
「入ってからが勝負」という側面を忘れ、上位企業内雪目標とした就職活動をしてしまえば、ミスマッチは必然です。
大学は、入った人のほとんどが卒業しますが、就職では、入社後三年間で三分の一の人が辞めています。
自分を偽った就職をすると、自発的失業者の一人となる可能性が高いのです。
これは「安定した生活」を自ら絶ってしまうということでもあります。
いくら努力をしても、目標が間違っている、あるいはあいまいなままで、いい就職ができる可能性は、当然ながらかなり低いと言えます。
当サイトでは、大前提を強く意識しながら、「これからの時代」の中で「安定した生活」を実現するためにはどういう就職をしたらいいのか、
さらに、本来、いい就職に不可欠である「やりがい(精神的要素)」をも加えた、いい就職をするためには何を目標にしたらいいのかということを、またの機会にで詰めていくことにします。
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就職活動と大学受験との違い
なぜ「実力主義=入ってからが勝負」という定義を重要視するかと言えば、
これまでの時代(日本的雇用の時代)も、これからの時代(実力主義の時代)も、企業に入るとき(入社試験時)には「実力の高い人が勝つ」という実力主義であり、ほとんど変わりがないからです。
つまり、「これからの時代」は「企業に入ってからが勝負」であるということを銘記しておかないと、これまでと何ら変わらない就職準備・活動をすることになり、
結局、いい就職はできないということになってしまいます。
事実、そういう人が圧倒的に多いのです。
これまでの時代では、「入ってしまえば、後は安心」、すなわち、企業に入った時点で勝負がっいたので、就職活動の目標や教えも極めてシンプルでした。
端的に言えば、就職活動の目標は「より上位の企業(一般的に言われる、いい企業)に入ること」、就職指導の教えは「すべての準備や行動をできるだけ高いレベルで行ないなさい。
高いレベルで行なうほど、上位の企業に入れますよ」というものでした。
要するに、企業の知名度や規模や待遇などが、いい就職を判断する基準であり、一言でいえば「上位企業内定至上主義」でした。
これまでの時代も、これからの時代も、入社試験では「実力の高い人が勝つ」のですから、「入るための実力を高めれば、上位企業に入れますよ」という教えは間違っていません。
したがって、現在の就職マニュアルや学校の就職指導も、
どうしたら面接でうまく話せるか、
どうしたら筆記試験の成績が上がるか、
要するに「どうしたら自分を高く売り込めるか」というものが多くなります。
就職は試験であり競争であると考えれば、できるだけ高い評価や点数を取ればいいのであって、そのために努力するのが就職活動ということになります。
これは、偏差値至上主義(上位大学合格至上主義)による大学受験と、ほとんど同じ戦いです。
試験科目が、英語、国語、社会などから、一般常識、適性検査、面接などに変わっただけのことです。
しかし、これからの時代では、就職試験を大学受験と同じように考えると失敗してしまう可能性が高いのです。
日本的雇用の時代と実力主義の時代との相違点を、さらに明確にするため、ここで大学と企業の違いをみてみましょう。
整理しますと、これまでの時代は、以下のようでした。
大学に入るときは、「実力の高い人が勝つ」、
企業に入るときは、「実力の高い人が勝つ」、
大学に入ってからは、「入ってしまえば、後は安心」、
企業に入ってからは、「入ってしまえば、後は安心」
それが、これからの時代は、以下のようになります。
大学に入るときは、「実力の高い人が勝つ」、
企業に入るときは、「実力の高い人が勝つ」、
大学に入ってからは、「入ってしまえば、後は安心」、
企業に入ってからは、「入ってからが勝負」、
つまり、「これからの時代」の「企業に入ってから」だけが変わっているのです。
このように、時代が変わったことにより、就職活動と大学受験とは、違う種類の戦いとなっています。
それなのに、就職でも大学受験と同じような戦いをしてしまうと、「上位企業内定」という勝負に勝って、「いい就職」という試合に負けるということにもなりかねません。
前述したように、企業で普通に働いていると実力がつかないことが多いものです。
つまり、ハードに頑張って、入社試験に勝ち、上位企業に入った人か、そのまま、入ってからの勝者になれるのではありません。
ハードに頑張り、入るための実力を上げるという努力は大いに買います。
多くの人は真剣ですし、ものすごく頑張っていると思います。
頑張ることは大切ですし、応援もしますが、これからの時代の就職活動は大学受験と同じ戦いではないという点に、くれぐれも注意してください。
企業は、大学と異なり、「入ってからが勝負」なのです。
なお、大学も「入ってからが勝負」に変えたいところですが、大学のシステム自体は、そう簡単には変わらないと思います。
大学はいまだに、入ってしまえば、あとはダラダラしていても、ほぼ全員が卒業できるという旧時代のシステムなのです。
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日本的雇用とは「入ってしまえば、後は安心」という意味
いい就職の定義は、いつの時代も同じだと思いますが、ここでは、いい就職を、より正しく理解していただくために時代の変化を述べてみることにします。
これまでの時代が「日本的雇用の時代」なら、これからの時代は「実力主義の時代」です。
実際に、「日本的雇用の崩壊で、時代は実力主義へ」などというせりふを、よく耳にすると思います。
しかし、今一つ、意味を正確に理解していない人が多いようです。
時代が変わってきたことは分かっても、何がどう変わったのか、どこに着眼したらいいのかが不明確なようです。
そこで、日本的雇用と実力主義について、重要なことだけを書いておきたいと思います。
まず、「日本的雇用」と「日本的雇用の崩壊」を定義してみましょう。
日本的雇用の代表的な制度は、言うまでもなく年功制と終身雇用制です。
注意してほしいのは、日本的雇用が崩壊したといっても、年功制や終身雇用制が、完全に消えてなくなるわけではないということです。
前述したように、日本的雇用は優れた制度ですし、働く側にとって、年功賃金・終身雇用は必要不可欠なものでもあります。
しかし、日本的雇用には問題点もありました。
それは、全員を、あまり差をつけずに、同じように年功・終身で雇用してきたため、ぬるま湯的な空気を作りだし、その中で甘えてしまう人たちもいたという点です。
これは企業にとっても、働く人間にとっても不幸なことでした。
当然、やりがいも持たず勤務時間内を大過なく勤めればいいという社員が多くいれば、これからの時代の厳しい競争に企業が勝ち残っていくことはできません。
社員にとっても、いい就職ではなかったと思います。
収入は普通に生活できる分だけ得られれば十分なのであり、仕事に対する満足度というものは、収入以上に、やりがいがあったかどうか、社会や人に貢献できたかどうかで決まると思います。
定年退職した人に聞いても、たぶんそう答えることでしょう。
平たく言うと、
日本的雇用とは、「入ってしまえば、後は安心」という制度
であり、少なくとも就職では、そういう意味で使われていることが多いのです。そして、
日本的雇用の崩壊とは、年功・終身雇用制そのものがなくなるのではなく、「入ってしまえば、後は安心」という、問題のあった部分だけがなくなる
ということです。
もちろん、安心して働けるということは素晴らしいことですが、ここで言う「入ってしまえば、後は安心」とは
「入ってしまえば、こっちのもの」というような、いわば「おいしい部分」がなくなるということです。
これは本来、なくなって当たり前のことです。
今までそういう部分があったことが間違っていたと認識した方がいいでしょう。
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「主観的にみた、いい企業」と「客観的にみた、いい企業」
「いい企業」にも大きく分けて二つあります。
いい企業は、
(1)主観的にみた、いい企業=個人ベースでみた、いい企業
(2)客観的にみた、いい企業=いわゆる上位企業
前述したように、「いい就職」は、個人の適性や希望とは別に、採用された身分によって大きく異なるものなので、
いい就職のできる企業を「いい企業」だとすれば、たとえ同じ企業に入ったとしても、A君にとっては、いい企業でも、B君にとっては、いい企業ではない、というケースは往々にしてあります。
日本的雇用の崩れた、これからの時代では、すべての人にとっての「いい企業」というのはあり得ません。
つまり、就職では、「主観的にみた、いい企業」、すなわち、個人の幸せをベースにして、いい企業を考えていく必要があります。
これは、自分の目で見て企業を判断するということです。
いい企業かどうかの判断は、個人にしかできません。
つまり、学生サイドからみて、個人が幸せになれる企業が「個人ベースでみた、いい企業」なのです。
そして、それは「個人に実力がつく企業=より高い実力が求められる企業」です。
しかし、企業を客観的にみれば、いい企業とは「ランキング上位の企業=上位企業」です。
企業を客観的に見れば、そう定義するしかありません。
逆に、いい企業を客観的に判断したのが、各種のランキングであると言えます。
最近の各種ランキングは精度が高く、受験偏差値同様に、企業の評価を的確に表しているものが多いと言っていいでしょう。
学生の人気企業ランキングなどはあてになりませんが、
「財務力から見たベスト100社」や「成長性ランキング」「ビジネスマンが選んだ息子(娘)を入れたい企業」など、
十分に活用できるランキングがそろっており、その上位にくる企業は、確かに、いい企業です。
つまり、企業規模や知名度などにかかわらず、その時代のランキング上位に載っている企業が、その時代の「客観的にみた、いい企業」といっていいと思います。
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「安定した生活」とは年功貸金・終身雇用
やりがいについては後述することにして、まず、いい就職の最低条件である「安定した生活」(経済的要素)について簡単に考えてみましょう。
日本人は、よく平和ボケと言われますが、安定ボケでもあると思います。
これまでの時代では、どの企業に入っても、そこそこ安定した生活を送ることができました。
ほとんどの企業が年功制、終身雇用制でしたので、ひとたび企業に入れば、社員は、仕事の内容、レベル、量などにほとんど関係なく、毎年昇給していき、葦まで雇ってもらえました。
極端な話、実力がなくても、あるいは頑張らなくても、企業に毎日出勤してさえいれば、ほぼ全員が、安定した生活を実現できました。
つまり、これまでの時代では、
いい就職の最低条件=安定した生活(経済的要素)=ほぼ全員が実現
でした。
これまでの時代では、安定した生活が普通でした。
これは言うまでもなく日本的雇用のおかげです。
日本的雇用は大変優れた制度であると思います。
何はともあれ、安心して働けるということは本当に素晴らしいことです。
しかし、年功制や終身雇用制といっても、これから就職するみなさんには、実感がわかないだろうと思います。
そもそもいまの多くの若者は、一つの会社に、ずっと勤めようとは思っていません。
要するに、日本的雇用のありがたさを理解していません。
日本的雇用の悪い面ばかりを見ているように思えます。
日本的雇用についての詳細は省きますが、これは実に偉大な制度です。
日本的雇用で新卒の学生を一人採用するということは、企業からすれば、何億円もの買い物をすることになります。
この制度を維持できたのは、日本が豊かで、経済がずっと拡大基調できたからです。
あるいは、この制度があったからこそ、日本が豊かで、経済がずっと拡大基調でこられたのかもしれません。
いずれにしても、これは奇跡的なことだったのです。
しかし、これからの時代は、そうはいきません。
現在の経済・社会情勢、企業の業績などからみて、全社員を年功・終身で雇用するというシステムの崩壊は、もはや避けられないでしう。
年功・終身雇用制で実感がわかないのですから、当然、日本的雇用の崩壊といってもピンとこないだろうと思います。
しかし、働いている社員にとって、年功制や終身雇用制が崩れるということは想像以上に大変なことです。
現代社会では、独身のうちは給料が安くても生活していけますが、結婚して、子供ができるころから急激に支出が増えてきます。
子供の成長とともに教育費は膨らみ、扶養家族も増えて、親の面倒をみる、家も買いたい、いざというときの蓄えも必要だなどと、年をとるにしたがって、どんどんお金が必要になってきます。
また、長期間の雇用が保証されていないと、住宅ローンも組めません。
中年以降にリストラにあって再就職できなかったら路頭に迷ってしまいます。
ローンがあったら自己破産です。
これでは安心して生活できません。
こんな雇用状況では、いくら政府が景気対策を行なっても、消費が伸びないのは当然でしょう。
つまり、年功制(年齢とともに給料が上がっていくこと=年功賃金)や終身雇用制(葦までの長期間勤務)は、働く人間にとって不可欠なものであり、
健康で文化的な生活を営むためには、絶対に満たしておきたい条件なのです。
先に定義したように、いい就職の最低条件は、安定した生活の確保であり、それをもう少し具体的に言えば、日本的雇用の時代に実現されていた、年齢とともに給料が上がっていくこと(年功賃金)と、葦までの長期間勤務(終身雇用)なのです。
つまり、いい就職の最低条件である、安定した生活とは、
安定した生活=年功賃金・終身雇用です。
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これからの時代は、普通に働いていると「安定した生活」を実現できない
いい就職をするためには、少なくとも年功賃金・終身雇用という条件を実現する必要があります。
当たり前のことだと思うかもしれませんが、これは、当たり前のことでも、簡単なことでもありません。
これまでは、ほとんどの企業が保証してくれていたので、そう感じるだけなのです。
日本的雇用が崩壊した、これからの時代は、
いい最低条件の悪条件=安定した生活=年功賃金・終身雇用
を、個人の努力で実現していかなければなりません。
企業内で生き残っていくためにも、また、仮に倒産などにより離職し再就職する場合にも、実力をつけておかなければなりません。
実力がないと、やりがいがないどころか、いい就職の最低条件である、安定した生活を送ることも困難です。
つまり、これからの時代は、「個人に実力がつくこと」を主眼とした就職活動をしていく必要があります。
こういうことを言うと、
「実力をつければいいんでしょ」
「企業に入ってからも頑張って働くつもりだ」
などと、要するに、そんなこと言われなくても分かっているよという反応をする人が実に多いのです。
ほぼ全員が、入社後、自分には実力がつくと思っています。
自分が将来リストラにあい、再就職もできないようなことになってしまうと思っている人は、まず、一人もいないでしょう。
しかし実際はそうではありません。
これまでの時代と同じ就職活動をして、普通に勤務している人には実力がつかないのが、むしろ普通なのです。
一般的に、企業に雇用されているビジネスマン(サラリーマン)の多くは、組織の中で、レベルの違いはあっても、歯車的に働いています。
多くの企業、特に大きい企業ほど細かな分業制ですし、また、やりたい仕事や、やりがいのある仕事ができるわけでもありません。
毎日、同じような仕事(ルーティンワーク)をしている人も多いのです。
一般的に、強くなる、あるいは強くならないといけないのは、企業や、企業の持つ商品(プロダクト)であり、組織の中で、普通に働いている人が個々に強くなるわけではありません。
現在の日本では、中高年で離職すると、再就職はかなり困難です。
実際に、職業安定所は、中高年であふれています。
再就職先が見つからないのは、厳しい言い方をしてしまえば、実力がついていないからです。
中高年でも、実力があれば採用したいという企業は、たくさんあるはずです。
それなのに再就職できないのは、企業が求めている実力がないという証拠です。
もちろん、「年齢に見合った収入でなくてもいい」、あるいは「期間限定的な仕事でもいい」というのなら、それなりに仕事はあるでしょう。
しかし、年功賃金・終身雇用という、いい就職の最低条件を実現できないような仕事なら、いい就職とは言えませんし、安定した生活も望めません。
確かに、日本には年齢制限という厚い壁がありますが、実力があれば、一つの企業でリストラされても、何らかの仕事はやっていけるのです。
つまり、中高年が就職や仕事に困るのは、残念ながら年齢に見合った実力がついていないからです。
しかし、実力がないといっても、これは必ずしも本人がサボった結果だとは言えません。
それどころか、多くの人は、企業の命令に忠実に従って、まじめにコツコツと頑張って働いてきたのだと思います。
少なくとも、今の二十代、三十代の人と比べて、彼らが怠け者であったとは思えません。
これまでの時代、日本の企業と社員とは、強い信頼関係で結ばれていました。
効率や生産性を上げ、ミスを減らすために、仕事は分業化され、秩序を保つためにも、企業の定める方法で仕事を従順にこなすことが社員には要求されました。
しかし、企業内でしか通用しないローカルルールの中で安定雇用されていては、どうしても骨抜きにされて、他の世界では適用しないようになってしまうことが多いのです。
つまり、他で適用するような実力がつかない代わりに年功・終身で雇用する、すなわち
「やりがいはないこともあるが、安定した生活は保証する」
というのが暗黙の約束であり、日本的な「期間の定めのない労働契約」だったのです。
日本的雇用の恩恵を日坂も受けたのは、既に定年退職した人たち(正確に言えば、組織の中で歯車的に働いていた人たち)であり、逆に白坂も悲惨なのが、途中でシステムが崩壊してしまった現在の社員(特に中高年)たちだと言えるでしょう。
組織の中で普通に働いている人には何の実力もつかないという傾向は、これからの時代も変ゎらないと思います。
企業には、さらに生産性を上げていくことが求められ、多くの社員の仕事は、さらに分業化、マニュアル化されていくことが予想されます。
これまでの時代と同じような就職をしてしまうと、中年以降リストラにあい、路頭に迷う危険性がかなり高いのです。
つまり、これから新卒で入る人たちは、これまでの時代と同じような、ひたすら上位の企業をめざす就職活動をしてはいけないと、はっきり言えると思います。
本来、時代や雇用システムが変わっても、いい就職の定義や真理は不変です。
前述したように、本来、いい就職には「やりがい」という要素が不可欠であり、「安定した生活」のためだけに働くのは、つらく、つまらなかったことと思います。
それでも経済的に安定していたので、これまでの就職活動が大きな問題にならなかったというだけのことです。
現在は、いい就職の最低条件である「安定した生活」も実現しにくい状況となっており、早急に就職活動の考え方を改める時期にきています。
この就職難の時代こそ、正しい就職活動をして、本当の意味でのいい就職をするチャンスです。
ただし、その正しい就職活動とは、現在、多くの就職マニュアルに書かれているような、資格を取って専門能力を身につける、やりたい仕事に就く、実力主義の企業に入る、などではないのです。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
いい就職の条件は「安定した生活+やりがい」
最初に、幸せな人生と、いい就職について、簡単に定義しておきましょう。
人間の幸せには、まず、物質的なものが必要です。
そして、「人はパンのみにて生くるものにあらず」という言葉があるように、人間には、物質的な満足以外のもの、すなわち精神的な満足も必要です。
幸せな人生の定義には、さまざまな解釈があると思いますが、端的に言えば、
幸せな人生=安定した生活(経済的要素)
と、生きがい(精神的要素)と集約することができるでしょう。
ただし、「生きがい」となると、「子供が生きがい」「生きがいは愛である」などと、意味がかなり広がってしまいます。
就職がテーマなので、就職関係だけに絞って考えれば、
幸せな人生(就職関係限定)=安定した生活と、やりがい
と言っていいと思います(以降、「就職関係限定」は省略します)。
この「安定した生活+やりがい」を得る手段で軍般的なのは、
就職すること=企業に入ることです。
つまり、就職とは、幸せな人生を実現するための喜段であり、就職する目的とは、幸せな人生の実現であり、
なぜ就職するのかと言えば、就職は、幸せな人生(安定した生活+やりがい)を実現するための手段として、極めて優れた選択肢だからです。
このように考えていくと、「安定した生活+やりがい」が実現できれば、幸せな人生実現のための二手段としては、十分にいい就職と言えます。
したがって、
幸せな人生=安定した生活+やりがい=いい就職
いい就職=安定した生活+やりがい
と定義することにします。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは
いい就職をするための基本は変わらない
就職活動、仕事探しをする学生を対象にしていますが、中高年・シニア・団塊世代のホワイトカラーの転職・独立する時のヒントにもなるでしょう。
いい就職をするための基本は、新卒学生・働き盛りの30代~40代だろうが共通しています。
男女の別、学生のレベル、学校の種類(大学、短大、専門学校)も基本的には問いません。
ただし、ものすごく就職に強いスーパーマンのような学生(超々難関大学の学生や、司法試験、公認会計士などの高度な資格を取れる人や、1000人の競争で一番になれる人など)、特別な運命の持ち主(いきなり作家や起業家などになれる人。これらは努力や才能だけでどうにかなる世界ではありません)は、の対象外とします。
対象外というより、そういう人は現在の就職活動方法でもいい就職が可能なので、あえて当サイトを参考にされる必要はないでしょう。
確かに、学生の中には驚くほど優秀な人がいます。
しかし、そんな学生は、当然ながらごく一部です。
ほとんどの学生は、そんな強い人間ではありません。
当サイトの対象は、まず、一般学生であると明記しておきたいと思います(実際のところ、スーパーマンや特別な運命の持ち主までを対象にしてしまうと、一般学生が使えるノウハウにはならないのです)。
そして、まじめで誠実な人をメイン対象としています。
現在の就職戦線では男女の別、学生のレベル、学校の種類などにかかわらず、要領のいい人は内定ゲットが可能ですし、ウソがつけない人は苦戦すると思います。
しかし、本当の勝者は「ウソの就職」をした人ではなく「本当の就職」をした人です。
当サイトでは、要領の悪い、まじめな人を全面的に応援しています。
また、内定ゲットのテクニックに走り、周りが見えなくなっている人も、自分の就職活動に行き詰まったら、ぜひ当サイトを読んでほしいと思います。
カテゴリー:いい就職・いい仕事とは

